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桃薫る里

  桃薫る里(9)

「弥之助!」

何度か呼びかけられて居たのだろう、ぼんやりと物思いに耽っていた弥之助に痺れを切らした正千代がおもむろに肩をつかみ、きつい口調で名を呼んだ。

「あ・・・・・・申し訳ありません」

間近に退治する形で、弥之助は詫びたが、少し上にある正千代の整った顔に視線を奪われた。

普段どこか斜に構えたような表情をしていることが多い正千代だが、こうやって改めて見つめ直すと、高貴な顔立ちとはこういうのをいうのだろうなと合点がいく。

キリリとした男らしい顔立ちでありながら、まだ、頬の辺りは少年らしくふっくらとしており、肌などは雪国特有のきめの細かさで、江戸の女性ならみながうらやむほどの滑らかだ。

「で、どうなのだ?」

眉根を寄せ、またずぃっと、息がかかるほどの距離へと正千代は顔を近づけてくる。

「そ・・・それは・・・・・わたしは江戸の潔斎先生よりこちらへ使わされた使いの者に過ぎません。指名を果たし終えれば、江戸へ戻り、師匠に報告もしなければなりませんし、勉強をつづけなければ・・・・」

正千代にそう答えながら、弥之助は、そうか・・・・もうじき、帰るんだなと自分自身に言い聞かせていた。

帰れば、多分二度と羽生藩へ来ることはないだろうとも思う。

それだけ、江戸とここは遠い。

やあ、やあ、また遊びにきましたぞと、気軽に行き来できる距離ではないのだ。

「そうか・・・・・・そうだの・・・・」

不意に掴んでいた手を離し、正千代はこくりと頷いた。

その後は、無言でしばらく弥之助を見つめていたが、くるりと踵を返しそのままスタスタと母屋に向かって歩いていく。

「若さま?」

なぜ、正千代が、江戸へ帰るのかなどと、至極当たり前な事を尋ねるのかはわからなかったが、心のどこかで、もうしばらく居れぬのかといつもの傲慢な命令口調でいわず、あっさりと納得されたことが、弥之助を少し物足りない気持ちにさせた。

春の日差しに照らされた中庭を歩いていく正千代の背中を、走っていって捕まえたい衝動に駆られたが、弥之助は一歩もその場から動くことが出来なかった。

捕まえて、殿上人である正千代に何を言うのか?

自分自身に問いかける。

背に手を掛けること自体、下手をすればお手討ちされてもしかたのないほどの身分の人ではないか。

正千代が居なくなった中庭は、木陰の根雪もほとんど解け、沢山の蕾をふっくらと膨らませている桃の木は、気の早い花がいくつか桃色の花びらを綻びだし始めていた。


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  1. 2008/05/25(日) 10:54:23|
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