FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告

桃薫る里

          桃薫る里(8)

普段は気位が高く、高慢な少年が時折見せる寂しげな表情に戸惑いを隠せない弥之助は、数度短く息を吸ったのち小さなため息をつく。

「若君がここで流行病などに罹られては、私で済めばよいですが、責任者である伊織様がお叱りを受けることになるのですよ?」

語気を和らげて声を落とすと、伊織のためにも、診療所への日参は良くないことだと、噛んで含めるように弥之助はいった。

「ならば・・・・・母屋までならよいか?」

正千代は視線を未だ伏せながら、訪ね返す。

「伊織様も後10日もすれば、お仕事にも戻れましょう。
それまでは毎日退屈すぎて困ると仰られているので、私が診療中は若君がお相手してくだされば喜ばれますよ」

「のぅ・・・・弥之助?」

指で畳の縁を意味もなくなぞりながら、正千代が再び訪ね返す。

「なんです?」

「伊織が患者を診れるようになったら、そなたは江戸へ戻るのか?」

当たり前の事を尋ねられ、弥之助は一瞬言葉を無くした。

「弥之助?」

弥之助の名を再び呼びながら、伏せていた視線をゆっくりと、黙り込んでいる弥之助へと正千代は上げた。

弥之助は初めて考えることのように無意識に額に手をあてた。

胸が少し重苦しい。

それは後少しで箇々を去るのだと思うと、胸の中に北風が吹くような寂しさを覚えたからだ。

江戸とは違い、若干うっとうしささえ感じられるほど、親切な人々。

図らずも本来ならまともに顔を見るのも恐れ多い殿上人である領主代理の正勝や今目の前にいる正千代に旧知の仲でもあるかの如く懇意にしてもらった、なんとも不思議な日々。

潔斎に命ぜられ、こんな奥深い藩へ旅立つ時は、江戸から離れるのがあれほどまでに嫌だったのに、そのことが嘘のように、弥之助はここの暮らしが気に入っていたのだ。
スポンサーサイト
  1. 2008/05/06(火) 18:09:26|
  2. 小説
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:0
<<連休も終了ですね | ホーム | 更新です♪>>

コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://hikawayukino.blog52.fc2.com/tb.php/52-66e1993b
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。